頑固の四つの要素『平澤興講話選集「生きる力」』より
『平澤興講話選集「生きる力」』より
今日は頑固ということでお話をしてみます。
これは実は、みなさんに対する話というよりは
私自身にとって大事なことのようであります。しかしこういう機会に、頑固という言葉にも
ふたつの意味がある、普通にいう意味のつまらん頑固と、
実は非常に尊い頑固とがあるということです。頑固というとつまらんように思いますが、
そうではない。ふたつの頑固があると
いうことを話してみたいと思います。頑固といえば、よい意味でも悪い意味でも
固いと申しますか、頑なと申しますか、
自分の意地をはってなんでも
自分の言うことを通すような、
そういう融通の利かなさであります。まず、そういう普通にいわれておる頑固を、
どういう要素があるかということを
もう少し根を掘り下げて考えてみますと、
どうも4つあるようであります。第一はまず、「おろかさ」です。
おろかさということはよい意味でもありますが、
ものを知らんともいいます。それから心の狭い、考える力の弱さといいますか、
実際あまりよくものを知らん、
ごく普通のものを知らんという意味であります。したがって世の中の習慣なども知らん、
そういうものを無視する。
道徳に弱いというようなこともありましょう。第二の「心の狭さ」というのは、
やっぱり性格的に広々としておらんで、
そういうふうな偏狭な形であります。第三は「考える力のなさ」。
ものを知らんとか心の狭さというようなものが
仮にあっても、考える力があれば
「なるほどこれはいかんな、俺は悪いクセがある、
これは直さないかんな」等々を考えれば、
あまりひどい頑固ではないわけです。頑固でも直しながらいけますから、
まだいいわけであります。四番目は、「自分を抑えられないこと」。
悪いと思っていても
自分を抑えていくことができない。
たいへんであります。三と四というのは、たいへん大事なことだと思います。
心の狭さとか、ものを知らんとかいうことがあっても、
考える力があって、しかもこれはいけないことだと
いうことで少々我慢をできれば、
そうひどい頑固にはならないと思います。つまり、頑固でも相手と話をしておって、
そのうちに相手の言うことをもっともだなと
いうようなことがわかるほどの考える力がある、これはいけないことだということで、
自分を抑える力があれば、
あまりひどい頑固にはならんかと思います。まあ普通の“いわゆる”頑固というようなものは、
いろいろの原因がありましょうが、
こういうふうな、ものを知らんとか心が狭いとか、
考える力が弱いとか、自分を抑える力がない
というようなことが主なようであります。したがってこういう人の生活態度も、
友達もやっぱり多くありませんし、
ことに本当の頑固な人になりますというと、
ずいぶんと仲のいい人の言うことでもなかなか聞かない。頑固そのものを自慢をするような人があります。
こういう人は、なかなかとうとうと
弁じる人もありますが、
ただし人が信用しませんし、
自分ほど強いものがないようなことを言います。誰がどう言っても俺はやらんぞと、
そういう頑固さを、そういう人に限って
自慢するのであります。見かけは強そうですが、実はよく考えてみますと、
強いのではなくて自分では心の中で
あまり感心しないと思っても、
そのへんてこな自分というものを抑えて、
正しいことをやることができないのでありますから、
非常に弱い人であります。見かけは強そうでも、真実は弱い人であります。
だからそういう人には、こちらで理屈を言っても
なかなか通りませんから、
そんな人を相手にして理屈を言ったり
尊い時間を過ごすことももったいないことであります。決して強い人ではありません。
頑固という点について、これほど考えたことはない。
ものを知らない、心が狭い、考える力がない、自分を抑えられない。
頑固にもレベルがあるのか。
『自分のもつ信念を貫くこと』と『頑固』は違う。
一見似ているように思われる。
が、全く違う。
その違いはこの4点を考えれば明らかだ。
信念をもち生き、頑固さは捨て去っていく。
そんな生き方がかっこいい。
毎日トイレ掃除211日継続
変わらずトイレ掃除をし終えた。
特に変化なし。
朝活139日継続
朝は6時からZoomセミナーだった。
学びとともに、朝から心に炎が灯った。
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